脳性麻痺のちゃまくん

出産時の低酸素により重度の脳性麻痺と診断された息子 “ちゃまくん” について綴っています。

産後すぐの記憶があまりない私に母が言った言葉

出産時のちゃまくんの事故とは別に、私自身出血多量で生死を彷徨いました。

 

下半身麻酔で帝王切開だったのでオペ中の記憶があります。

 

ちゃまくんがお腹から取り出されたあと、段々と眠くなって意識が遠のいていき…「あ、私このまま寝たら死んじゃうんだ…」って思ったのです。

 

(以前も書いたかもしれませんが、この時本当に怖かったです。今までの人生で一番怖かったです。あの死にそうな感覚…。)

 

その時、緊急でオペ室に運ばれて行く途中に一瞬見えた夫の今にも死にそうな青ざめた顔が脳裏に浮かんだのです。

 

あぁ、私このままあの死にそうな夫を置いては死ねない。何が何でも生きなきゃ。そう思ったのです。

 

そして、オペ中ずっと手を握ってくれていた看護師さんに話しかけ続けました。寝てしまわないように。死んでしまわないように。

 

何を話しかけていたか全部は覚えてないけど、今血圧どれくらいですか?って何度も何度も聞いた記憶はあります。

 

多分相当下がっていて、その時は看護師さん「大丈夫よ」しか言わないんですよね。

 

でも少し上がってきてからは「今ね上90よ」って感じで具体的な数値を教えてくれました。

 

全血液量の半分出血したと説明を受けました。その分輸血もしました。

 

オペ後一日分娩台で輸血をしたり処置をしました。

 

硬い分娩台でほぼ動かず寝ていたためお尻に褥瘡らしきものもできてしまいました。

 

帝王切開の傷口はもちろんお尻もかなり痛くて、産後数日は最悪でした。

 

ちゃまくんの面会も30分が限界でした。

 

母親としてもっともっとちゃまくんのそばにいないといけないのに30分も経てば身体が限界でした。

 

そして寝ても寝てもいくらでも寝られるくらいずっと眠かったです。

 

夫が毎日面会に来てくれて、隣の病棟にいるちゃまくんの面会に連れていってくれるのですが、夫が来てちゃまくんの面会に行きたいのに起きられなくて寝ている日もよくありました。

 

本当は車椅子で行きたい面会でしたが、看護師さんに歩くように促され心が折れそうでした。

 

そんなこんなで産後すぐは自分の身体のことでいっぱいいっぱいだったのです。

 

そのため、実は産後1ヶ月くらいのちゃまくんの記憶があまりないんです。

 

ベラボーに可愛いはずの新生児期のちゃまくんの記憶があまりないんです。

 

それを思うとすごく悲しくて寂しくて悔しいんです。

 

今こんなに可愛すぎるからこそ産まれたてのちゃまくんをもっともっと感じたかったんです。

 

その思いを先日母に話しました。

 

そしたら、母こう言ったんです。

 

「大丈夫!写真のまんまだよ!ちゃまくんの可愛さは写真のまんま!写真見ればいいよ!」

 

あぁ、お母さんありがとう。って思いました。

 

そっか、あのまんまか!写真のまんまか!

 

私がまだ入院している時、実母と義母がちゃまくんの写真を毎日大量に撮ってくれて、その写真をLINEのアルバムに入れてくれていました。

 

動画もたくさん。

 

そうか、あの写真と動画のまんまか!

 

今でもたまに新生児期の写真を可愛いなぁって見ています。

 

それでいいんだよね。うん、それでいいんだ!

 

記憶が薄くてもそのまんまの写真がある!それでいい!

 

今、私の身体は持病はあるものの元気そのもの!

 

なのでこれからはちゃまくんの可愛さをたっぷり堪能し、成長を見守り続けたいと思います(*´꒳`*)

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生後10日くらいのちゃまくん♡



 

 

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